2008/12/15

*

ホートン Horton



何か、とってもおもしろかった。
毛がフサフサ~
footer2

2008/12/05

*

ブラインドネス Blindness



原作「白の闇」を読んだ。とてつもないホラーだった。
常に自分だったら?と考えながら読むので疲れたが、テーマは明白だ。
「自分ならどう行動するか」「責任感とは何か」

映画も観た。原作にかなり忠実に作られていたと思う。
登場人物の設定はかなり変更があったが、まったく問題ない。
あのシーンをどう描くのか怖かったけど、
自分の想像力のほうがたくましかったと分かって恥ずかしかった。

これは人類の試練か

自分で読むか観るか、そして考えてみる。こんなことが起こりえないと誰が言える?
footer2

2008/10/06

*

「パラダイス・ナウ」PARADISE NOW

パラダイス・ナウ

イスラエル占領地ナブルス、
自爆攻撃へと向かう二人の若者の48時間
footer2

2008/09/20

*

「幸せの1ページ」Nim's Island



丸の内ピカデリー
1階でなく2階のほうが見やすいかも。

この映画で冒険作家をジョディー・フォスターが演じる必要があったかどうかはともかく、アビゲイルはかわいかった。私のお目当てはGBだったので、普通のパパと頼もしいかっこいい冒険家を堪能できて満足。
劇中のクラフト風アニメが気に入った。
ラストがやや、あっさりしていて腰砕けだった・・・続編を見越してる?でもアビゲイルは育ってしまうぞ!?
footer2

2008/09/10

*

「落下の王国」



もはやDTSでないと満足できない。アミューズCQN
footer2

2008/04/16

*

「悲しみが乾くまで」 "THINGS WE LOST IN THE FIRE"




スサンネ・ビア監督


オードリー(ハル・ベリー)は、夫のブライアン(デヴィット・ドゥカヴニー)と二人の子供と幸せな日々を送っていた。しかし、ブライアンが事件に巻き込まれ、命を落とすという悲劇に見舞われる。 葬儀の準備に追われる中、ふいにオードリーは、夫の親友ジェリー(ベニチオ・デル・トロ)のことを思い出す。ジェリーはブライアンの幼馴染みで元は弁護士だったが、今ではヘロインに溺れ堕落した生活をしていた。誰もが彼を見放す中、ただひとりブライアンだけが、親身に世話を焼いていたのだ。ジェリーを葬儀に呼び、2人はそこで初めて顔を合わせる。初対面の子供たちのことをとても良く知っているジェリー。生前ブライアンが話してくれたのだという。それまでは彼を疎ましく思っていたオードリーだったが、自分と同じように夫を理解し、愛してくれていたことを知り、親近感をもつ。葬儀が終り、日常に戻ったオードリーは喪失感に苛まれ眠れない夜が続き耐えられなくなり、ジュリーを訪ね、しばらくの間自分の家に住まないかと提案する。そして共同生活が始まった。

このオードリーの身勝手振りが同性としてむかつく。そう思わせるほどハル・ベリーは、よく役柄を理解し自然に演じていた。そしてジェリーの人間としての弱さに情けなさに腹が立つ。弁護士だし、体も大きくて丈夫そうなのに・・・いい人ゆえに、いろんなものを抱えこんでしまい破滅していく様子を、ベニチオ・デル・トロがただごとでない演技で迫ってくる。そうなのだ。この映画はアップ画面がたっぷりで、ベニチオ・ファン(私)にはうれしいことだ。
ラストの雨のシーンは美しかった。女も男もやっと大人になり自分の足で歩いていこうとする、希望が感じられる。
footer2

2008/03/17

*

NAKBA

footer2

2008/03/03

*

「君のためなら千回でも」THE KITE RUNNER



アフガニスタン出身のカーレド・ホッセイニ原作ベストセラー『君のためなら千回でも』(旧題『カイト・ランナー』)をマーク・フォースター監督で映画化。

 ソ連侵攻前のまだ平和だったアフガニスタン。裕福な家庭の少年アミールと、彼の家に仕える召使いの息子ハッサンは親友同士だった。ところが12歳の冬の日、恒例のケンカ凧大会の最中にある事件が起きる。以来、アミールは少年ゆえの潔癖さと後ろめたさからハッサンを遠ざけてしまう。そしてソ連軍が侵攻、身の危険を察知した父親はアミールを連れアフガニスタンを脱出、アメリカへ亡命。20年後、平穏に暮らすアミールのもとに、アフガニスタンの恩人から1本の電話が入る。“まだやり直す道はある”との言葉に、アミールはタリバン独裁政権下の故郷へと向かう…。

罪と贖罪、友情と家族の絆、より良い人間になりたいという願いと人生の痛みを引き受ける勇気――それらは、どんな国の宗教・文化・イデオロギーにあっても人間なら誰しもが持つ感情と経験。私たちが、悲しみにあっても人間性と精神を保ち希望を見出そうとする強さも持つことが、悲劇の連鎖を終わらせられるだと思う。

ハッサンとアミール、ソーラブを演じた少年たち、他の俳優たちも本当にすばらしい。役に対する見事な集中力と感性で映画を痛みと血の通ったものに仕上げている。彼らの演技を見るだけでも価値がある。アミールの父親(ホユマーン・エルシャディ)がアフガニスタン脱出の途中に見せる勇気ある言動は、あまりにリアルで私の胸に突き刺さった。痛くて涙が流れるほどだった。生より死の可能性が限りなく高い状況で勇気を見せる気高さは、想像を絶する。
原作も読んでみようと思う。
footer2

2008/02/22

*

「潜水服は蝶の夢を見る」THE DIVING BELL AND THE BUTTERFLY

シネカノン有楽町2丁目

ジュリアン・シュナーベル監督
2007年 フランス/アメリカ


雑誌編集長、42歳、3人の子供の父親
ある日、倒れて体の自由を失う
”閉じ込め症候群”
彼は自分に残されたものを駆使して語り始める
左目の瞬きと想像力と記憶で。

意識はあるのに体はまったく動けない、耳と左目だけが世界と繋がる。
自分だったら、と思うとパニックを起こしそうだ。
映像は彼の目を通して映し出される、潜水服を着て海に漂っていたり、蝶になり世界を羽ばたき渡り、マーロン・ブランドーになり、女性たちを愛する。
彼のイメージは明確だ。
彼は生きている。父親の子供として、息子の父親として、愛する人々に囲まれて。

ジャン=ドー役のマチュー・アマルリックは、ミステリアスで色っぽくて人をそらさない魅力があり、何しろリアリティがある。「ミュンヘン」以来注目の俳優さんだが、007の次回作では敵役を演じるとかで超期待。
父親役の名優マックス・フォン・シドー、息子との電話のシーンでは不器用だけど愛情あふれる父号泣の演技に私はバックからハンドタオルを取り出した。海岸で親子がピクニックを楽しむ場面でのまだ幼い息子の涙が胸につまされる。病室のTVでサッカーの試合を、しかも決勝シーンを見ているのに、介護士が消していってしまう時、見ている私もジョン=ドーと一緒に「NO~~~」と思わず叫んでしまう。

重苦しく残酷な運命のはずが、美しい映像とユーモアとエスプリで軽やかに仕上げている。ヤヌス・カミンスキーの撮影は本当にすばらしい。
ジャン=ドーは死の間際まで善意の人たちに見守られ、生きている幸福感にあふれている。私の人生はこんな風に終われるだろうか?不安になった・・・それはそれとして、人生は素晴しいのだ。
footer2

2008/01/23

*

「ジプシー・キャラバン」 WHEN THE ROAD BENDS


**ジャスミン・デラル監督
**2006年アメリカ
インドに起源を持ち11世紀から全世界に散らばったジプシー。
今なお続くロマ/ジプシーへの言われ無き差別と迫害の中で、彼らが奏でる叙情的で生命力にあふれた音楽は強靭な響きを持つ。本作はそんなジプシー音楽をルーツに持つスペイン、ルーマニア、マケドニア、インドの4つの国の5つのバンドが6週間をかけて北米諸都市を巡る“ジプシー・キャラバン・ツアー”の模様を追った音楽ドキュメンタリー。カメラは北米ツアーに密着すると共に、彼らの故郷も訪れて、その音楽が生まれてきた背景やロマ(ジプシー)文化そのものの歴史にも向き合っていく。
それぞれの場所で重ねてきた年月が、人間が生きていくことの本質的な悲しみと喜びが、彼らの音楽を通してステージの上でひとつになり、圧倒的な力で心を揺さぶる。
インドからの参加、マハラジャのメンバーたちの明るさと素朴で生命力にあふれた音楽が素晴しい。
footer2
*

「やわらかい手」 IRINA PARM


*サム・ガルバルスキ監督
*2007年 ベルギー/ルクセンブルグ/イギリス/ドイツ/フランス

**ロンドン郊外の小さな町。平凡な、夫に先立たれた中年の主婦マギー。彼女の最愛の孫、オリーが難病に罹り、6週間以内に外国で最新の医療を受けなければ助からないとの宣告を受ける。息子夫婦にはこれ以上費用を工面する力はなく、マギーも何とか力になりたいと金策に奔走するが上手くいくわけがない。絶望の中、ロンドンのソーホーにあてどなく迷い込み、偶然目にした“接客係募集・高給”の貼り紙に飛びつく。ところがそこは風俗店で、オーナーのミキは、世間知らずのマギーにあきれながらも、彼女の手の柔らかさに素質を認め、壁の穴越しに手で男をイカせる仕事に雇おうとする。マギーは一度は逃げ出るが、覚悟を決めその“仕事”を始める。すると意外にも彼女はゴッド・ハンドの持ち主だった・・・。

イギリスが舞台のいつもの大味イギリス映画と思いきや、テイストはヨーロッパ風ビター。
「フル・モンティ」あたりのハートウォーミング・コメディを期待すると大いに裏切られる。
マギーの捨て身の行動は母性愛というだけでは語れない。愛するものを守るため犠牲を厭わずその意志は揺るがない。どんなときも誇り高く、最善を尽くそうとする姿は美しく、崇高でさえある。
まじめに力の限り生きていれば、きっと幸せになれる。ひとりの人間が秘めている可能性はいっぱいあるんだって、そんな風に信じられる。

主要人物は少数ながら、簡潔なセリフと無駄のない演出によって、人間関係は明確で興味深い。
舞台設定は刺激的ながら映画の色調は押さえられ、マギーのように地味だが品がある。

無償の愛、その強さと美しさ。
映画のラスト、マギーが手に入れたものは彼女が人生で初めて自ら欲してつかんだもの。暖かい幸せにあふれたその姿に、勇気付けられる。
footer2

2008/01/11

*

「迷子の警察音楽隊」



シネカノン有楽町2丁目

音楽が大好きなこと。

人が恋しいこと。

家族が大切なこと。

言葉が違っても、神様が違っても、国が仲良くなくても、それはおなじ。

エジプトから来た警察音楽隊が、イスラエルの寂しい町に届けたものは、そんな当たり前のことが大事に思える素敵な夜でした。

監督はこれが長編デビューとなったイスラエルの新鋭エラン・コリリン。

主人公は文化交流のためにイスラエルに招かれてやってきたエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊。なぜか空港に出迎えはなく、自力で目的地にたどりつこうとするうちに、彼らは一文字間違えてホテルすらない辺境の町に迷い込んでしまう。そこで食堂の美しい女主人ディナに助けられ、地元民の家で一泊させてもらうことに。でも、相手は言葉も宗教も違い、しかも彼らアラブ人と長年対立してきたユダヤ民族。空気は気まずく、話はまったくかみあわない。しかし、一人が「サマー・タイム」を口ずさんだ時、その場の空気が変わってゆく。国を越えて愛されてきた音楽の数々、それが彼らの心を解きほぐし…愛や友情、家族について語り合う、忘れられない一夜がはじまる。

警察音楽隊というから、ディナが想像したように私もてっきりマーチングバンドのようなものだと思っていたたら、ぜんぜん違った。歌があるし楽器が違うし、まず音階が違う。四半音というのだそう。彼らは無事に目的地で、イスラエルにできたアラブ文化センターで演奏し、あたたかい拍手に報いられる。

この映画を背景を知らないで観るのとその時代背景を知った上で観賞するのとでは感じ方は異なる。しかし、これだけは知っておきたい。監督は1978年生まれのイスラエル人であるということ。

footer2